Gakken 学研ステイフル

ニューブロック誕生のひみつ

ひみつ① 誕生のナゾ!ニューブロックはどうやって生まれたの?

無限大の組み合わせで創造力を育む知育玩具「Gakkenニューブロック」は、半世紀以上もの間、はじめてのブロック遊びツールとして人気を博してきました。しかし、その長い歴史ゆえに、現在の学研ステイフル社内にも、当時の開発現場を知る人物がおらず、詳細な内容について知るすべがありませんでした。

 

そこで、ニューブロックの前身である「ユニブロック」の販売当時から現場を見てきた、学研トイホビー(現:学研ステイフル)の元社長である山崎義雄さんに、これまで語られることがなかったニューブロックのひみつについてお聞きしました。

 

2025年に60周年を迎える「Gakkenニューブロック」ですが、1965年に発売がはじまった当時のことを教えてください

山崎さん:そのころ、私はデパートの販売担当をしていました。現在のような大型店や量販店のない1960年~70年代というのは、おもちゃを買う場所といえば、まちの小売店や、百貨店、つまりデパートでした。デパートにいかに商品を置いてもらえるかが商品の売上げを大きく左右しており、私も棚づくりに懸命に取り組んでいました。 ニューブロックは当初「ユニブロック」という名前で展開していたのですが、販売開始当初は残念ながらなかなか売れていませんでした。

 

当時はサクラやチューリップなどの名前がついた、おまんじゅうが入るような平たい箱に入れて販売していました。それゆえに、入っているブロックの数も少なかったですね。また、百貨店のおもちゃ売り場では、「学研コーナー」と名付けられた、対象年齢の幅が広い棚にポンと置かれることが多く、商品そのものも埋もれてしまっていたのです。さらに当時はブロックよりも積み木が主流の時代でもありました。

 

このような状況のなか、どうしたら売れるだろうと悩んでいた時に、お客さまからのクレームが続いたことをきっかけに、改善点を小売店や顧客の声をもとに洗い出して大規模なリニューアルを行いました。そして、1971年に保育事業部では「モノブロック」という名称で、広く一般向けに販売する商品を扱う家庭事業部では「ニューブロック」として、リニューアル販売を開始したのです。

ひみつ②:形と素材のナゾ! どうやって作っているの?

ニューブロックはなぜ、今の形になったのでしょうか。また、金型に樹脂を流して、空気でぷくっと膨らます成形方法で作られていますが、当時はどうだったのでしょうか。

山崎さん:この形は、木造建築や、組み木などをヒントに、開発チームで考案されました。 成形方法は当時から基本的には変わっていませんが、1990年代に、プラスチックを成形するときにできる「バリ」というトゲトゲの部分をなくすために、新しい金型に変更しました。この時にブロック自体も若干肉厚にするなど工夫を施していきます。その結果、ブロック同士のかみ合わせ強度が上がり、組み立てやすくなりました。

 

あわせて、原材料配分を変え、色の発色についても工夫しました。たとえば緑色ひとつとってみても、最初はモスグリーンのような色味だったものが、鮮やかな緑になりました。当時は「好きなものを形作って遊ぶことができる前の小さなお子さんでも、同じ色を並べたり、違う色を交互に並べたり、同じ形を並べたり……わたくしどもの商品なら、親子でそんな遊び方もできますよ!」

というのをセールストークにしていました。このリニューアルを経て、小さなお子さんの力でもつなげたりはずしたりすることがしやすくなって、安心してお使いいただける品質のブロックになりました。

ひみつ③:進化のひみつ

ニューブロックは、誕生から二段階の進化を遂げているそうですね。パッケージの進化を中心にお聞かせください。

 

山崎さん:第一段階は、1975年頃ですね。それまでは前述したとおり、花の名前がついた平箱で販売していましたが、制作担当と相談して、ひも付きのビニール袋で販売することになりました。こちらのほうがボリューム感を出せますし、透明なので中にどんなブロックが入っているかもわかリます。このパッケージにしたところ、問屋さんが評価してくれたのです。ところがビニール袋は売り場の棚に並べにくいという問題が出てきました。一列に並べるのはいいのですが、上に積みにくいのです。そこで筒状のパッケージに変更したときに、やっと売り場のスペースをムダにしない、基本の売り場が作れるようになりました。

第二段階の進化は、先ほどお話しされていた1990年代でしょうか。

 

山崎さん:そうですね。さらにターゲットを幼稚園と小学生低学年くらいまでの児童にしぼり、さらに男児を意識するようにしました。ブロックの中身も乗り物を7割ぐらいにして、女児でも遊べるおにぎり遊びみたいなものを3割入れていったわけです。また、当時日本進出したばかりの「トイザらス」で、ニューブロックが定番商品に採用されたことも、商品の人気を後押ししました。 この時、パッケージ容器を横長の半透明のボックス型とし、カラフルな蓋はブロックを差し込んで遊べる留め具をつけたものに変更したのです。また個々のブロックに「GAKKEN」ブランドの刻印を入れ、さらに抗菌剤を樹脂にミックスすることで商品の安全性も高めました。 商品名も乗り物や工作や遊園地など、具体的な目的別の名前に変更したことで大ブレイクにつながりました。

 

このように、おもちゃ業界の市場に合わせて変化させていく姿勢と、私たちが訴えたい意気込みがうまくマッチングし、ニューブロックは成長安定期を迎えたのです。

 

ターゲットやパッケージの刷新はニューブロックの進化に欠かせませんでしたが、進化のキモはどこだったと思いますか?

 

山崎さん:やはり“金型”でしょうね。ブロック同士がしっかり噛み合いながらも、小さなお子さまでも簡単に取り外せるという、ニューブロックがもつ独特の“噛み合わせ具合”を作るには、成形時に使う金型に緻密さが求められるんです。そのため金型職人さんは、コンマ1ミリ未満のズレも見逃さず調整してくれます。日本の町工場の職人さんの成形技術は今も昔も世界でもトップクラス。ニューブロックは、そんな匠の技に支えられてきました。

山崎さんは営業企画のお仕事もされていますね。ニューブロックの認知を世の中に広げるためにしてきたことで、特に印象に残っていることはなんでしょう。

 

山崎さん:私が入社して10年くらいは、ニューブロックはなかなか売れない商品でした。商品そのものが、なかなかお客様に目を向けてもらえなかったんですよ。でもその商品コンセプトは、今後世の中に必要になる商品だと思い、商品にふれるきっかけを作るべく、さまざまな企画を考えました。たとえば、金魚すくいの袋にブロックを2つ3つ入れたおみやげをおもちゃ売り場でプレゼントするというアイデアは、自分たちなりに考えてうまくいったと思っています。商品はね、子どもと同じで、そうやって目をかけてあげると、やはり育っていくものです。何より商品への愛着も深まっていき、会社全体で売っていこうという気概につながりました。

 

今ではよく行っている企画ですが、百貨店やおもちゃショーなどに遊び場を設け、ニューブロックを手に取ってもらえる機会もつくりました。わが子が夢中になって遊ぶ中、保護者にはニューブロックの安全性や、遊びのバリエーションの多さを知っていただけます。そうした親子の姿を見て、ニューブロックは、やはり売れるべき商品であることを実感しました。

発売から58年間、常にお子さんが楽しく安全にブロック遊びができるようにと、さまざまな品質向上を重ねてきたGakkenニューブロック。多くのスタッフの努力や工夫でバージョンアップし、半世紀を経てもなお、多くの子どもたちに愛されています。 発売60年を目前に、今後どのような進化を遂げていくのか、ニューブロックから、ますます目が離せません。

お話をきいた人:山崎義雄さん

学研トイホビー(現:学研ステイフル)元社長。

登山が趣味で大学卒業後も山小屋などで働いていたが、ふとしたきっかけで学研に入社。以来、ニューブロックなど学研の知育玩具の販売に関わり、1998~2002年には社長、以後2004年からは特別顧問も歴任した。

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